衛星通信について調べていくと、必ず突き当たる制約があります。衛星経由では音声通話ができず、110番・119番に電話をかけることもできないという点です。
「空が見えればつながる」と言われても、肝心の救助要請ができないのでは意味が薄い——そう感じた方は多いと思います。
この制約を一部埋める仕組みとして、KDDIが2026年5月から提供しているのが「au Starlink Direct SOS」です。先に結論をまとめます。
- 衛星経由で110番・119番に電話をかけることは、いまもできない
- 代わりに、対応アプリの「衛星SOS」ボタンからメッセージで救助要請を送る仕組みが用意された
- 受け取るのは「au Starlink Direct SOSセンター」。24時間365日体制で緊急通報受理機関へ連携する
- 使うには圏内にいるあいだの事前準備が必須。圏外に出てからでは間に合わない
最後の1点が実務上いちばん重要です。順に見ていきます。
そもそも何が問題だったのか#
au Starlink Directは、スマホが低軌道衛星と直接通信する仕組みです。基地局の電波が届かない山や海でも、空が見えていればテキストメッセージを送れます。
ただしauの公式FAQには、緊急通報について次のように記載されています。
衛星モードでは、緊急SOS(電話発信)/緊急SOSメッセージや緊急通報は対応しておりません。
つまり衛星経由で110番・119番に電話をかけることはできません。これはauに限った話ではなく、ソフトバンクの公式ページにも「通話および緊急通報は利用不可」と明記されています。各社の衛星通信に共通する制約です。
圏外で遭難したとき、家族には「衛星モード」でメッセージを送れても、消防や警察には直接つながらない。そこを埋めるために新設されたのが、次のSOSセンターです。
au Starlink Direct SOSセンターの仕組み#
KDDIは2026年4月23日の発表で、圏外からのテキスト通報を受けて緊急通報受理機関へ通報する「au Starlink Direct SOSセンター」を新設すると公表しました。提供開始は2026年5月下旬とされ、auの公式FAQでは2026年5月28日から運用が始まったと案内されています。
流れは次のようになります。
- 利用者が対応アプリの「衛星SOS」ボタンをタップする
- 救助に必要な情報をフォーマットに入力する
- 入力内容がメッセージアプリに転記され、衛星経由で送信される
- SOSセンターが受信し、被救助者の状態や周辺状況を整理する
- 通報区分と位置情報に基づいて、緊急通報受理機関による対応が行われる
SOSセンターは「24時間365日体制で受信し、緊急通報受理機関への通報を行う」とされています。利用料金は追加料金なしです。
ここで押さえておきたいのは、自分が直接110番につながるわけではないということです。あいだにSOSセンターが入り、内容を整理したうえで連携する形になります。そのぶん、最初に送る情報の正確さが効いてきます。
対応アプリは4つ(2026年9月1日時点)#
au公式サイトに掲載されている対応アプリは次のとおりです。
| アプリ | 提供元 |
|---|---|
| auナビウォーク | KDDI |
| auカーナビ | KDDI |
| ヤマレコ | 山行記録の共有サービス |
| 家族の安心ナビ | KDDI |
発表時(2026年4月)の時点では、提供開始時の対応が「auナビウォーク」「auカーナビ」の2つ、「家族の安心ナビ」「ヤマレコ」は2026年夏頃に対応予定とされていました。2026年9月1日時点の公式ページでは、この4つがすべて掲載されています。
登山をする方にとっては、ヤマレコが対応している点が実用的だと思います。普段使っているアプリの中にSOSの導線があるかどうかで、いざというときの行動しやすさが変わります。
事前にやっておく4つの準備#
この仕組みの最大の落とし穴は、圏外に出てからでは準備できないことです。 auの公式サイトには次のように記載されています。
圏外エリアに行く前に、au 5G/4G LTEエリアあるいはWi-Fiで、対応アプリをインストール・アップデート
アプリのダウンロードには通信が必要ですから、当然といえば当然です。しかし「衛星があるから大丈夫」と考えていると、この前提を見落とします。
公式に案内されている条件を整理すると、次の4つです。
- 圏内(au 5G/4G LTEエリアまたはWi-Fi)で、対応アプリをインストール・アップデートしておく
- 位置情報機能をオンに設定しておく
- RCSの送受信ができる状態であることを確認しておく
- メッセージアプリを使える状態にしておく(Androidは「Google メッセージ」、iOSは「iOS メッセージ」)
3つめのRCSは聞き慣れないかもしれませんが、SMSの後継にあたる規格で、「Google メッセージ」や「iOS メッセージ」で使われているものです。設定を確認したことがない方は、山や海に行く前に一度チェックしておくのが確実です。
なお、SOSセンターは24時間365日運営とされていますが、公式サイトには「対応アプリのメンテナンスなどの状況によってはご利用いただけない時間帯があります」との注記もあります。唯一の頼みの綱として計算に入れるものではない、という位置づけで考えておくのが安全だと思います。
電話による緊急通報の代わりにはならない#
ここは誤解しやすいところなので、はっきり分けて整理します。
| 圏内からの110番・119番 | au Starlink Direct SOS | |
|---|---|---|
| 手段 | 音声通話 | テキストメッセージ |
| つながる先 | 緊急通報受理機関に直接 | SOSセンター経由で連携 |
| 事前準備 | 不要 | 対応アプリ・位置情報・RCSの準備が必要 |
| 双方向のやり取り | 会話ができる | メッセージのやり取りになる |
| 呼び返し(コールバック) | 可能 | 電話としての呼び返しはできない |
圏内にいるなら、迷わず110番・119番に電話をかけてください。 au Starlink Direct SOSは、あくまで電話がまったく使えない圏外での最後の手段です。
圏内からの緊急通報では、電話番号と位置情報が自動で通知される仕組みが法令上義務付けられています。その仕組みについては災害時の連絡手段まとめで解説しています。また、格安SIMやデータ専用SIMで110番・119番が発信できるかどうかは格安SIMで110番・119番はかけられる?に整理しました。
なお、衛星経由で音声通話ができるのは専用の衛星電話です。ドコモのワイドスターⅢは公式に「緊急通報(110・118・119)が利用可能」としていますが、個人で契約できるのかと月額いくらかかるのかは衛星電話は個人でも契約できる?にまとめました。
格安SIMユーザーはどうすればいいか#
au Starlink Direct SOSは、名前のとおりau Starlink Directの機能の一部です。auの回線契約者は追加料金なしで使えます。
では格安SIMユーザーはどうか。KDDIは「au Starlink Direct専用プラン+」というau以外の回線を使っている人向けのプランを用意しており、UQ mobileでもpovo2.0でも、他社の格安SIMでも契約できます。ただし月額料金は契約している回線によって0円〜1,650円と差があります。詳しくはLINEの衛星モードは格安SIMで使える?にまとめました。
一方、iPhone 14以降をお使いなら、キャリアの衛星サービスを契約しなくても使える選択肢があります。Appleの「衛星経由の緊急SOS」は、圏外から緊急通報サービスへテキストで通報するための機能です。こちらは対応アプリを別途入れる必要がなく、iPhone本体の機能として用意されています。詳しくはiPhoneの衛星機能は格安SIMでも使える?をご覧ください。
つまり、圏外からの救助要請という目的に対しては、
- auの回線を使っている → au Starlink Direct SOS(対応アプリの事前準備が必要)
- iPhone 14以降を使っている → Appleの衛星経由の緊急SOS
- どちらでもない → 専用プラン+の契約を検討するか、そもそも圏外に長時間いない行動計画にする
という整理になります。
今日できる確認リスト#
- 自分の端末がau Starlink Directの対応機種か公式サイトで確認する
- 山・海・キャンプに行く予定があるなら、対応アプリを圏内でインストールしておく
- 位置情報をオンにしておく
- RCSの送受信ができる状態か確認しておく(Android=Google メッセージ/iOS=iOS メッセージ)
- 家族に「圏外に入る時間帯と行き先」を伝えておく(家族の安否確認ルールの決め方)
- 圏外で電池を消耗しやすいことを踏まえ、モバイルバッテリーを持つ(容量の選び方)
圏外では端末が電波を探し続けるため、通常より電池の減りが早くなります。救助要請の手段を用意しても、電池が切れれば使えません。この点は衛星通信全般に共通する注意点です。
まとめ#
- 衛星経由で110番・119番に電話をかけることは、いまもできない
- auは2026年5月から「au Starlink Direct SOS」を提供し、対応アプリからメッセージで救助要請を送る導線を用意した
- 受信するのは「au Starlink Direct SOSセンター」で、24時間365日体制で緊急通報受理機関へ連携する
- 対応アプリはauナビウォーク/auカーナビ/ヤマレコ/家族の安心ナビ(2026年9月1日時点)
- 圏内にいるあいだの事前準備(アプリ・位置情報・RCS)が必須。圏外に出てからでは間に合わない
- 圏内にいるなら電話で110番・119番。これはあくまで圏外での最後の手段
「衛星があるから安心」ではなく、「衛星を使うための準備を平常時に済ませてあるから安心」です。ここは他の備えとまったく同じ構造だと思います。
圏外そのものへの対処は山・地方で圏外になりやすいのはなぜ?に、衛星通信を含む備え全体の整理は災害時の連絡手段まとめにまとめています。